さて、今回は固体潤滑剤のお話をさせて頂きます。

次回以降も成分云々についての話を出来るだけ簡単で解り易く
(私自身難解な書籍を読む苦痛を十二分に理解しているので)
しようと思います。

固体潤滑は流体潤滑(オイルやグリスを用いる潤滑)と対比する潤滑では無く
流体潤滑で油膜切れが生じた際に金属同士が直接接触し摩耗するのを
避ける為にオイル・グリスに添加して使用される場合と

光学レンズ近辺・食品加工現場・医療現場等の油による汚染を極力避けたい環境及び
宇宙空間・真空環境下・超高温・超低温環境等の油の蒸発・発火・凝固・
粘性の変化に因りオイル・グリス等を使用出来ない場合での潤滑に用いられます。

ですので、流体と固体のどちらが劣っていると言う物ではありません。
通常環境での潤滑性能では流体潤滑に分がありますが上記のような特殊環境下では
不可欠な点と給油などの手間が殆ど不要なメンテナンスフリーという点も大きな魅力です。

固体潤滑剤は非常に沢山の種類があり
同じ成分で形成されていても以下のように処理を変えれば性能も大きく変化します。

1 固体潤滑剤を分散させる方法の違い。
2 固体潤滑剤の表面処理や分散剤の違い。
3 粒径、分子量の違い。
4 溶媒の種類と量の違い。

また、分散させる方法は大きく分けて2つ有ります。
1 油やグリスに混入して使う
2 固体皮膜にして使う

1  油やグリスに混入して使う。
この方法は簡単な割には結構な効果がありますが
(成分が作用部に確実に保持している事が前提での話)
分子間力(ファンデルワールス力)しか無い為
剥がれ落ちやすい点と固体潤滑剤はオイル成分より
比重が大きいので剥がれると沈殿するのが難点です。
一旦沈殿すればエンジン内で再び攪拌される事は難しく
この点はオイル添加剤としては致命的です。
当然メーカーは策を講じる訳ですが未だに『良く振って云々』
という但し書きが有る処を見るとなかなか改善は難しいようです。

ファンデルワールス力(van del Waals force):
原子、分子間などに働く力の一つ。その力(分子間力とも言う)は非常に弱い。
この力によって出来る結合をファン・デル・ワールス結合と言う。(Wikipedia出典)

2  固体皮膜にして使う。
この方法では真空中等で固体潤滑剤を原子の状態にして飛ばし
下地材料に付着させる方法がよく使われます。
蒸着法・スパッタリング法・イオンプレーティング法などが有り
5μm位の皮膜を形成させるのが一般的です。
この方法で実用化されている製品は潤滑膜が薄くても
非常に長い寿命を持っていますが特殊加工が必要な為
添加するだけでこの膜が形成される事は絶対に無いのですが
市販の製品には如何にもこの膜を形成出来るような
記述がある物が多い為注意が必要です。

さて、固体潤滑剤でよく知られているのを下記に記しました。
層状構造物 MoS ,WS ,Wse ,MoSe ,黒鉛,BN,フタロシアニン,(CFx)
軟質金属化合物 PbO,PbS,Pbl ,CdCl ,Agl軟質金属 In,Pb,Ag,Au
超硬質物質 ダイアモンド・サファイア
有機高分子 PTFE,ナイロン

物質自体が柔らかく作用部に介在する事で可動部の侵食を肩代わりする。(軟質金属系)
層状の分子構造(骨格)を持ち、摺動面に皮膜を形成するタイプの物。(層状構造物系)
物質が超硬質で潤滑作用も保有する物 (超硬質系)
物質自体に潤滑作用を持つ物(有機高分子系)

さて、順を追って説明させて頂きますが詳細に説明すると本が書ける
程の文章量になるので大雑把に説明させて頂きます。

軟質金属系 
これは硬質金属の上に上記の軟質金属をメッキ加工等で蒸着させ
荷重が掛かった際に塑性流動により母剤の摩耗を防ぐ方法です。
硬くて脆い金属同士を接触させるより柔らかくて延びやすい金属を
介在させて潤滑させようと言う訳です。

層状構造物
グラファイトのように亀の甲状の層状物質で層毎の面内は、
強い共有結合(sp2的)で炭素間が繋がっていますが、
層と層の間(面間)は、弱いファンデルワールス力で結合しています。
このように弱い結合だから荷重が掛かった時に層の結合が外れズル〜ッとずれる事により
潤滑作用を発揮する成分です。縛っていない新聞の束の上で飛び跳ねれば
新聞の束がずれてズル〜っと滑る訳ですがあんな感じです。
新聞自体は結合が強く破壊されませんがその間の結合は接着もなく
只積んであるだけなので非常に弱く荷重に耐えられずズル〜っとずれると言う訳です。

超硬質系
ダイアモンド・サファイアなどは超硬質で有りながら優れた潤滑性能も有します。
同物質同士での接触による摩耗はそれ自体の硬度も有り極めて小さいのですが
ダイアモンドの上に荷重を掛けて鉄板を滑らせた実験でもダイアモンドに
付着した鉄分は非常に少ないデータがあります。
この為、その特性を活かし宝石軸受けとして各部に使用されています。
ダイアモンドは砥石にも使われており逆に摩耗を促進しそうですが
形状や粒子を工夫すれば優れた潤滑性を発揮すると近年の
研究でも注目を浴びている素材です。

有機高分子
PTFE・HDPE・ナイロン・ポリアセタール等で物質自体が
自己潤滑性能を保持しています。特にPTFEは突出した
摩耗係数の低さと添加された箇所に被膜を形成することが知られています。
しかし、それは母材が露出している場合でありエンジンのように
母材との間にオイルが介在していると被膜形成は極めて困難ですので
母材に特殊加工を施して埋め込む必要がありますが(分散法の2に近い方法)
添加剤を添加しただけで埋め込まれると言う記述について私は疑問を感じます。

粒体である以上、イオン結合や共有結合が起こらない弱い結合なのに
埋め込まれると言う記述(外れ難いと言う意味合いが強い表現)及び
非常に強固という表現が正しいのか?(何と比べて強固なのか?)

と言う疑問が払拭出来ない為です。

ザ〜っと流しましたが固体潤滑という物はどういう潤滑か?
と言う物が大筋で御理解頂けましたでしょうか?
市販の製品のように添加するだけ(蒸着等の特殊加工無し)では
分子間結合しか無い訳で結合しても簡単に剥がれるのですが
如何にも強固な膜を形成するような記述が多いのは如何な物かと思います。

巷の固体潤滑系添加剤に採用されている成分自体は
確かに有益ですが肝心の各部に保持させる技術が
ネックになっておりこれが解決出来ないと『絵に描いた餅』
になる訳です。

オイルで既に濡れている母材に(特に垂直面等)どうやって固体潤滑剤を
特殊加工無しで強固に保持させるのか?特殊加工する際も
油が介在していれば除去しない限りそのまま施工するのは不可能な訳ですが
それを入れるだけで保持させるというのはかなり強引で難しい問題で
それが解決すれば自動車産業だけでなくあらゆる工業分野で
大きな成果を上げられそうなのですがその手の強固な皮膜を形成云々と謳う
製品が工業分野で活躍していると言う話を未だ聞いた事がないのですが
その辺は、察して知るべしと言う訳ですかね。

さて、次号は固形添加剤でも色々な意味で有名な
PTFEについて少し詳しくお話しさせて頂きます。