前号ではPAOについてお話をさせて戴きました。
エステルの話をしているのにPAOって何だ?
エステルオイルの種類か?と言う意見を戴いたのですが
エステルオイルとPAOは別の物です。
PAOは合成潤滑油基材でエステルオイルは合成潤滑油です。

PAOの優れた特性は前号を参照していただければ解りますが
PAOがシール材を縮める傾向が在る為、単品で使用する事はありません。
その対策としてシール材を膨張させる傾向のあるエステルを併用するので
市販のエステルオイルは殆どがPAOを併用しています。

じゃあ、純粋エステルオイルと言う物は無いのか?と言う事になると思いますが
エステルオイルとはベースオイルの事ですので車輌オイルとして使うには
ベースオイルに様々な添加剤を使用しないと幾らエステルでも使えません。

上記の市販エステルオイルは、PAOとエステルと各種添加剤で出来ています。
公道をメインに運行する車輌に100%フルエステルのベースオイル
(PAO等を併用しない)を使用するのは只の愚行です。

その理由は、パッキン等の影響が在る為、メンテナンスの手間と費用、
オイル自体のコストと管理費用が掛かり過ぎるので
とてもじゃないが実用に耐えないと言う話です。

しかし、レース車輌等・限定した耐用時間で
徹底した性能追求を求められる場面では
フルエステルオイルは大いに役立つでしょう。

レースに出るのにエンジンの性能を左右する重大な要因である
オイルをケチっているようでは出場意義自体が疑問視されるので
この辺はコスト度外視、性能最優先で話が進められる訳です。

さて、エステルオイルの特性ですが
まずエステルと言えば極性を外す事は出来ません。

この極性ですが分子量が小さくてエステル結合が多いエステルは
極性が高くなります。

極性が高いと当然油性向上に大きく影響を及ぼし
極性の高いエステルが金属表面に被膜を形成し金属の摩耗を減少させる
効果があります(PAOにはこの特徴がありません)
極性の高いエステルは金属間に自発的に侵入する為
ドライスタートに為り難いとデータでは出ています。
この辺が聞き飽きるほど彼方此方で言われている話ですね。

しかし、極性が高ければ高い程良い!と言う訳でも無く、
極性が高いと添加剤より先にエステルが金属表面に作用して
添加剤の効能を阻害してしまいます。
特に金属面と接触して初めて効果を発揮する極圧剤・摩耗防止剤の
効果が減退し摩耗防止効果が得られないと言う問題も発生します。

誤解の無いよう申しておきますが極性のおかげで
オイルが金属面に介在しているから摩耗なんて起きる道理が無い。
と思われるかも知れませんが
高圧条件下ではオイルが押し出されて極めて薄い油膜しか介在していない
状況に為る為、薄い油膜だけで摩耗を抑制する事は不可能です。
そうなる前に油中に分散している極圧剤が金属面に接触し
スムーズな潤滑作用を発揮する為の基盤作りが必要なのですが
極性の高いエステルを使うと添加剤が金属面に接触する前に
オイルの油膜で添加剤が金属面へ接触する事が阻害される事になります。

そうならない為に、極性の高いエステルと低いエステルを
ブレンドして問題が起きないように考慮しながら添加剤と極性の特性を
最大限に発揮させるのがオイルメーカーの腕の見せ所です。

この上の三行を読んだだけでも事の難解さが御理解頂けると思います。

前々回でお話しした『過ぎたるは何とやら』の項で説明したように
エステルには、加水分解性が有る・樹脂を膨潤させる欠点があります。

樹脂を膨潤させる点を改善する為に樹脂を収縮させるPAOを配合し
この点を改善しています。勿論、闇雲に配合しても望む効果を得られる
事は無いので研究に研究を重ねて最良の結果を導く訳です。

加水分解の問題はエステルが鉱物油に比べて吸湿性が高く
それに伴い加水分解を生じるのですが2−エチルヘキサン酸等の
2級酸やフタル酸等の芳香族カルボン酸エステルは
加水分解しにくい特性がある為、水分の混入が考えられる
状況下ではこの手のエステルが採用されます。